2017年07月25日

昆虫の形ってすごいなあ

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お休みをいただいている今日は、昆虫の造形美というか、不可思議な形に感動した一日でした。
カブトムシに触り放題という、カブトムシにとっては過酷なイベント「大昆虫展 in 東京スカリツリー」にいってきたのですが、会場には実にさまざまな、保存状態のいい昆虫の標本が展示されていて、長男がカブトムシに夢中になっているかたわら、僕はその虫たちの写真撮影に熱心になっていたのでした。

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世界にどれほどの昆虫がいるかわからないほど、地球上には昆虫が満ちています。「虫」と聞いただけで、ぞっとする女性がいることは承知してこの記事を書いていますが(申し訳ありません)、私たち哺乳類にとって、昆虫は食物連鎖で重要な位置をしめる生物です。近年は、将来の食糧危機に対して、昆虫が大事なタンパク源になるという主張もあります。

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このグラデーションの見事さ。

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自然が生み出す、形や色の不思議。

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宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」に登場する、蟲(むし)を思わせる形です。

どうしてこんな形をしているのだろう、美しい色はどうして必要なのだろう。

posted by kaihin-amc at 21:47| Comment(0) | 日記

2017年07月24日

注意喚起:「マダニ感染症、猫から感染 女性死亡」

ペットを飼っている方、野良猫などと接触する方に、厚生労働省から注意喚起のリリースが発表されています。厚労省のリリースはわかりづらいとおもいますので、日本経済新聞社の電子版より記事を引用いたします。
 厚生労働省は24日、野良猫にかまれた50代の女性がマダニが媒介する感染症「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」を発症し、10日後に死亡していたと発表した。かまれたことが原因とみられ、猫からヒトへの感染事例が明らかになるのは初めて。
 厚労省や国立感染症研究所によると、女性は西日本に在住。昨年、衰弱した野良猫を動物病院に連れて行こうとして手をかまれた。数日後にSFTSを発症したという。女性がダニにかまれた形跡はなく、感染研は野良猫が最初に感染し、女性にうつしたとみている。
 これまでSFTSは森林や草地に生息するマダニに人が直接かまれることで感染すると考えられていた。
 厚労省は今年に入り、SFTSウイルスに感染し、発症した飼い猫と飼い犬も確認。感染はまれで、屋内で飼っている猫にはリスクはないとしているが、屋外にいる体調不良のペットに接触する場合は注意するよう呼び掛けている。

リリースでは「これらの事例は、稀な事例」とされていますが、「発症したネコやイヌの体液等からヒトが感
染することも否定できない」としています。

今回発症した猫の詳細な獣医学的な情報を知りたいところです。
なお、臨床獣医師や看護師などに対しては、以下の通知がなされています。
1 明確な基準はないが、患畜において発熱、白血球減少症、血小板減少症、食欲消失等の症状が認められ、さらに入院を要するほど重症(自力採餌困難等)で、かつ他の感染症が否定された場合に、SFTS ウイルスの感染についても疑う。
※確定診断にはウイルス学的な検査が必要です。検査方法等、技術的な内容の相談は 国立感染症研究所(info@niid.go.jp)にお問い合わせください。
2 SFTS ウイルスに感染した疑いのある患畜の取扱にはPPE(手袋・防護衣等)により感染予防措置をとり、汚物等を処理する際には次亜塩素酸ナトリウム含有消毒剤による処理やオートクレーブなどの加熱滅菌処理を行う。
3 日常的な対策としては、飼育ネコ・イヌを介した感染はまれと考えられること、屋内飼育ネコについてはリスクがないことから、過剰に飼育者の不安をあおらないように配慮しつつ、飼育者に対するダニの駆除剤投与についての指導を徹底し、飼育者は、ネコ・イヌの健康状態の変化に注意し、体調不良の際には動物病院を受診することを勧奨する。

診断基準が定まっていない点が、獣医師にとってむずかしい問題になりそうです。「発熱、白血球減少症、血小板減少症、食欲消失等の症状」は、あるタイプの免疫疾患に特徴的な所見ですし、「他の感染症が否定された場合」というのも、病原体の遺伝子検査の結果が出るまでには時間がかかりますから、その間の対応に苦慮しそうです。

ともあれ、咬まれないようにする、体調が悪そうなら受診する、といったことは、特別なことではありませんから、基本的なことをまずはこころがければいいのでしょう。

取り急ぎ、情報提供まで。
posted by kaihin-amc at 23:24| Comment(0) | 動物病院

2017年07月18日

このブログを執筆している私の最近の話

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ブログ更新が滞っていました。しっかりとした記事を書こうとおもっているものの、帰宅後にはパソコンをいじる体力が残っておらず、知らぬ間に、前回更新から2週間以上もたっていました。

私たちの診療は完璧ではありませんが、それでも信頼して下さる飼い主のみなさんのおかげで、日々、いろいろな動物たちの病気をみることができています。昼休みは検査・手術がたて込むことが多いので、昼休みを使ってのブログ更新ができずにいます。

と、言い訳がましいことを書いたついでに、私の個人的な話を書きます。

街中にはいろいろな動物病院があって、飼い主のみなさんはどこの動物病院を選択すればいいか、迷うこともあるとおもいます。診療レベル・設備・料金など、いろいろと気になることがあるでしょう。そのなかでも、どんな獣医師や看護師がいるのか、病院の雰囲気はどんなものかは強い関心ごとだと想像します。

そこで、私の近況を書いて、少しでも病院選択の一助になればと思った次第です。もちろん、スタッフの一人にすぎない私が病院全体を代表するわけではないので、私だけの情報をアップするのがいいことなのか悪いことなのか、判断にむずかしいところです。

写真はつい先日、撮ったものです。場所は私が住んでいる東京都江戸川区の公園。4歳の長男とのツーショットです(スマホでシャッターボタンを遠隔操作。最近のカメラは便利です)。

私の家族は妻、長男、次男(1歳4カ月)の4人家族です。妻は民間の介護施設で働いていましたが、いまは育児に専念しています。

長男は(私から言うのもなんですが)かなりのお父さん子です。私と会えない日が多いのですが(私は朝6時半に家を出て、帰宅は夜10時以降のことが多い。夜はほぼ確実に子どもたちは寝ています)、朝会えた日には、長男は「お父さん、お仕事いかないで」と涙を浮かべます。いまは、長男にあてたお手紙ノートなるものを作って、翌朝、妻に代読してもらうようにしています。

休日は、そんな長男と1日ずっと一緒に過ごします。近場の公園で遊んだり、年間パスポートを持っているすみだ水族館にいったり、おもちゃ売り場でミニカーを買ったり。チョコレートやおもちゃをねだる長男に結構簡単に妥協します。妻よりも格段に甘い私です。

コーラが大好き。夏は1日1リットルは飲むかな(いまもコーラを飲みながら、この文章を書いています。お気に入りのマグカップで飲むコーラはなおさらおいしい。ここのマグカップとコーヒー、おすすめです)。

音痴です。カラオケが大の苦手。音楽を聞いていて、頭の中に映像が浮かぶことはありますが、絵をみていて、音が頭の中で流れることはない。音楽を何週間も聴かなかったとしても、ストレスにはならない。美しい風景や写真を長期間みなかったら、ストレスになる。いい文章を読みたいと渇望することもある。簡単にいえば、音には結構いい加減というところかな。

K-MUSICLIFE はたまに再生するチャンネルです。

ふだん、テレビはほとんどみません。結婚する前は、自宅にテレビを置いていませんでした。スマホもあまりいじりません。

雑誌はナショナルジオグラフィック日本語版を定期購読中。日経サイエンスは特集内容によって買うことがあります。土日のみ、売店で日本経済新聞を購入します。美しい文章などがあると、新聞を切り裂いて、保存しておきます。昔は丁寧にファイリングしていましたが、いまは適当に積み重ねたまま。

最近心に残った文章を紹介して、今回の記事をおわりにします(日本経済新聞7月15日付朝刊、40面より抜粋。若松英輔さんの著作を早速注文しました)。

文芸評論家の若松英輔が初めての詩集「見えない涙」(亜紀書房)を刊行した。身近な人を失った悲しみや心の痛みをうたう内容で、災害や戦争で命を落とした人々への鎮魂歌のようでもある。
 <人は/さっき/会ったばかりの人とでも/喜びあえる/だが/悲しみは違う/大切な人とは深く/悲しみを分かち合うとよい>(「邂逅」)。詩語はあくまで平易で、重厚な評論をものしてきた書き手が意外なほど純な言葉を紡いでいる、「これまで本を書いてきたが、そこには入りきらないものを詩にした。難しい言葉では届かない。自分が”通路”になって、そこを通り過ぎていく様々な思いを、誰にでもわかる言葉で書いた」と若松はいう。

posted by kaihin-amc at 21:05| Comment(0) | 日記

2017年07月02日

ハチドリの心拍数は

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ペットたちが長生きするようになって、心臓病にかかる犬や猫が目立っています。毎日のように心臓の検査をしていておもうのは、心臓というものの不思議です。小指の爪より小さいような部品(僧帽弁)に不具合が出れば、命にかかわるような状態におちいる。私たちを含め、微妙で精巧なバランスで成り立っている命の流れ。

ところで、犬や猫の心拍数はどれほどだとおもいますか。一度、ご自宅ではかってみて下さい。安らいでいるときに、胸に指をあてて、数える(1分間ずっと数えるのは大変なので、たとえば10秒数えて6かければ、1分間の心拍数を出せます)。

世の中には、1分間に1000回もの心拍数を持ついきものもいます。ハチドリです。今月号のナショナルジオグラフィック誌には、ハチドリの素晴らしい写真と生物学的な情報がのっています。

写真はタコ。その造形にしびれます。スカイツリーの水族館でとりました。
スカイツリー近辺は自宅からそこそこ近い、水族館は年間パスポートを使って、長男とたびたびおとずれる場所です(長男の目的は、魚をみること自体にもありますが、おなじソラマチにあるトミカのお店でミニカーをねだることにもあります)。
posted by kaihin-amc at 22:38| Comment(0) | 動物病院

2017年06月24日

何年かぶりに来院する飼い主さん

「飼うつもりはなかったんだけど、ひとめぼれして」

ときおり、何年かぶりに来院される飼い主さんがいらっしゃいます。先代の犬や猫の最期を看取ってから、なかなかあたらしい動物を飼うことができずにいて、それでも、少しずつかなしみがやさしい思い出に変わったり、心が整理されたりしてきて、ひょっとしたきっかけで、再びペットとの生活をはじめる。とてもいいことだとおもいます。

私の実家も18歳の雑種猫が亡くなってから、しばらくは猫が不在のときがありました。ある日、帰省したら、いつの間にか小さな雌猫がいたことがあります。

死ぬことはかなしいことです。それはどうしようもないことです。ときに、そのかなしみは暴力的なまでに、私たちの心を苦しめます。それでも、いつか時間がかなしみをいやして、あのペットたちとのしあわせな時間を、私たちは懐かしむようになります。

私がいつか行きたいとおもっているインドはジャンムー・カシミールのラダック地方の人々は、死ぬことはおおいなるものに戻ることであって、かなしむことではない、という考えを持つと聞いたことがあります(最近の急速な「近代化」によって、そうしたゆたかな文化は失われつつあるそうです。『懐かしい未来』という本に詳しいです)。

ともあれ、あたらしいペットを迎えることは素敵なことです。ひさしぶりに、懐かしい飼い主さんと再会できることも、動物病院のスタッフにはうれしいことです。

「おひさしぶりです。あたらしい子が来たんですね!」


posted by kaihin-amc at 17:16| Comment(0) | 動物病院

2017年06月21日

天気の変わり目には注意

更新が滞っておりました。ブログでの情報発信を大事な仕事だと考えていますが、日々の診療で手一杯のこともあって、なかなか記事を書けずにいました。

急に湿度や気温があがったせいでしょうか、心臓や呼吸の病気で苦しむ動物たちがめだっています。連日のように肺水腫(肺に水がたまって、呼吸困難におちいる。命の危険がとても高い病気)になった犬がやってきています。咳が止まらない動物もいます。

気圧や天気の変わり目には、持病が悪化したり、発作をおこしたりすることがあります。明日木曜日は休診日ですが、困ったことがあったら、早めにご連絡下さい。当番の獣医師、あるいはグループのはせがわ動物病院の獣医師が診察いたします。

posted by kaihin-amc at 22:41| Comment(0) | 動物病院

2017年06月12日

「癌になった医師は化学療法を受けるのか」

「先生がこの子の飼い主だったら、どうしますか?」

ときおり、こんな質問を受けることがあります。

むずかしい病気にかかった動物の検査や治療。それにはリスクやお金がかかることもあります(たとえば、発作をおこしている動物の原因追求には、全身麻酔下のMRI検査が必要なことがあります)。検査をして、必ずしも原因がわかるわけではない。

だから、飼い主さんは「いろいろ負担をかける検査は・・・」「もう高齢だからなあ」と検査や治療をすることに悩みます。

悩んでも、どうすればいいかわからない。そんな飼い主さんの中には、冒頭の質問をなさる方がいます。
私は自分の獣医学的知識と個人的な意見を交えて、「私なら・・・」と正直にこたえます。むしろ、そうした質問をして下さるほうが、実は話がしやすい。
獣医師というときには冷たい存在から、私という個人としての話ができるからです。それが本当にいいのかどうか、単純に獣医師の個人的な価値観を披露していいのかどうか、そこには高度な議論が必要なのかもしれませんが、悩んでいる飼い主さんを前に、おもうところを正直に話すことは、多少でも助け舟を出すことになるのではないか、ともおもっています。

獣医師にとって、ある検査をして原因がはっきりしなければ、次の検査に進み、そうした正しい手順を踏むことは間違ってはいない。というよりも、獣医師からすれば、それは正しいとか間違っているとかではない。必要か不要か、ということですが、科学的に正しい手順が、飼い主とペットにとって、必ずしもしあわせにつながるとはかぎりません。そこを読み取ることも、獣医師の仕事ですが、それがまた、むずかしい。

少し話は変わりますが、日経メディカルオンライン版に、こんな記事がのっていました。

「癌になった医師は化学療法を受けるのか」

おおまかにまとめると、大森赤十字病院の佐々木槇第一外科部長の調査では、医師や薬剤師が癌患者になったときに、「胃癌の補助化学療法では10人に1人、進行・再発胃癌では実に4人に1人が化学療法に対して消極的に考えている」という。

いざ自分のことになると、他人にはすすめていた治療法は選択しない。いろいろと考えさせられる記事です。

検査の話にしろ、治療の選択にしろ、どんなに獣医師が客観的情報を提供しても、それだけでは不十分だとおもいます。新人のころにはわからなかったことが、やっとわかってきた気がします。

佐々木医師がおっしゃっているように「患者(動物病院では飼い主)の希望にも耳を傾け、寄り添った治療」をすることが重要なのでしょう。

当院の院長は常々、「飼い主の心に寄り添って下さい」と口にします。それを実現できていないことも多いのですが、自分が飼い主さんだったら、という意識をもっとも大切にしたいと考えています。





posted by kaihin-amc at 16:59| Comment(2) | 動物病院

2017年06月01日

ありがとうございます

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今日は個人的なことを冒頭に書きます。ご了承下さい。

先日、病院での全体会議を終え、渇いたのどをコーラで潤そうと立ち上がろうとしたら、看護師からサプライズの誕生日カード+コーラのプレゼント!

42歳。節目の年でもない。別にいつもと変わらぬ誕生日なのに、気づかぬうちに、こんなメッセージカードを用意してくれていたなんて・・・。

「いつもありがとうございます」。

お礼を言いたいのは、僕のほうです。あわただしい日々の中で、僕が仕事をできているのは、大勢のスタッフたちのおかげです。肩書きは副院長だけれど、ひとりでは何もできない。

こんなふうに、サプライズで祝ってもらえたのがはじめてで、そのときには上手にお礼を言えなかった。とても、とても感謝しています。

これからも手を抜かず、一生懸命に働きたいとおもう。

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一般のイメージはどのようなものかわかりませんが、動物病院の仕事というのは、給料という点だけみれば、専門的知識・技術、時間的拘束、精神的負担に見合ったものではありません。

新人の頃は手取りが20万円もなかったので、奨学金の返済(私立の獣医大学の学費は1000万円以上)やら家賃を払うと、ほとんど手元にお金は残らなかった。ほしい本が買えないので、大学の図書館でコピーしたり、図書館に1日入り浸ったりして、どうにかこうにか、つじつまをあわせていた。銀行の預金残高が1000円を切ったこともあって、公共料金はいつも遅れて支払っていました。まあ、それはそれで、スリリングで今となってはいい思い出です。

見合ったものではありませんが、では一体全体、何で働きつづけているかといえば、枯れることのないやりがいがあるからです。

飼い主や動物のために、持てる知識や技術を使って、治療・看護する。もちろん、力不足で期待にそえないこともある。お叱りの言葉を頂戴することもあります。それでも、苦しんでいた動物たちがしっぽをふって元気になる、それはとてもうれしい。なによりも、目の前の飼い主さんから感謝の言葉をもらえることは、この職業の本当にありがたい部分です。

ひとはだれでも、だれかの役に立ちたいと願っているとおもう。仕事というのは、貢献なのだとおもう。むしろ、仕事をさせてくれて、ありがとうございます、というのが究極的なところなのかもしれない。

そして、おなじようにおおきなやりがいが、ともに働いている同僚の役にたつことです。ともに成長していけたら、なお、うれしい。

毎日、仕事を無事に終えて思うのは、今日もみんなに助けてもらったなあ、ということです。

だから、サプライズのカードは、本当にうれしかったです。上手にいえませんが、お礼を言いたい相手から、お礼を言ってもらえた驚きとかうれしさとか、ありがたさとか、そんなきもちでいっぱいになりました。

飼い主さんとそのペットたち、そしてともに働いている仲間たちのために、よりよい動物病院を目指して、より一層、がんばりたいとおもっています。

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妻に「誕生日プレゼントに、なにか買ってもいいんじゃない?」と言われて、「実は事後報告なんだけど、獣医学の雑誌の定期購読を申し込んじゃったんだ。3万円ちょっと。いいかな」。いいもなにも、事後報告なので、OKするしかないですね。積ん読にならないようにします。

posted by kaihin-amc at 10:55| Comment(0) | いろいろなこと

2017年05月23日

気になった新聞記事

米ニューヨークタイムズのサイトで、気になった記事を紹介します。それほど長い文章ではないのですが、まだどの記事も最後まで読んでいません。疲れている頭でざっと理解できるほどには英語の読解力がないので・・・。

最初の記事は、In ‘Enormous Success,’ Scientists Tie 52 Genes to Human Intelligence です。人間の知性とかかわりのある52の遺伝子を発見した(正確な訳は、52の遺伝子と人間の知性をむすびつけた、でしょうか)というものです。知性を決定づけるような遺伝子ではないようで、きわめて限定的なものらしいですが、人間の知性という深遠なテーマを解明するうえで、重要な第一歩というところでしょうか。

次はテントウムシの羽が origami を利用している、という記事。Ladybugs Pack Wings and Engineering Secrets in Tidy Origami Packages です。動画があるので、ぜひ。

猫の甲状腺機能亢進症は、私たちが日常的に診察する病気です。ひと昔前にはほとんど見かけなかったのに、いまでは当たり前になっているのはなぜか? 生活で接する化学物質に責任があるかもしれない、という記事をみかけました。The Mystery of the Wasting House-Cats です。

最後に、What Animals Taught Me About Being Human (人間であることについて、動物たちが私に教えてくれたこと)。なかなか深そうなタイトルですね。

ほかにも面白そうな記事がいっぱいあります。毎日一つでも読んでいけば、世界をよりゆたかにみられそうです。眠気に負けずに、読んでみようかなあ、とちょっとだけかんがえています。


posted by kaihin-amc at 21:23| Comment(0) | いろいろなこと

2017年05月15日

「人工子宮をヒツジで開発」

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ナショナルジオグラフィック日本版に「人工子宮をヒツジで開発、ヒトに使える?」と題する記事がありました。
早産児の治療を大きく前進させそうな成果がもたらされた。米国の研究チームは25日、ヒツジの胎児8匹が人工子宮内で4週間生存し、発育したと科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した。同種の研究で動物が生きた期間としては最も長い。
 報告によると、子ヒツジの肺やその他の内臓は母親の子宮の中と同じように発達し、早産児を生かすために現在使われている保育器と人工呼吸器を使った場合と比べると、大幅に改善したという。研究に使われた子ヒツジのうち数頭が成長し、1頭はすでに1歳を過ぎている。

こうした研究には「(人の)超早産児の健康な発育」につなげる目的があるそうです。「人の平均的な妊娠期間は40週。だが、米国では毎年約3万人の赤ちゃんが26週未満で生まれる。生きられるかどうかの境界線にあと少しで届きそうな22〜23週の赤ちゃんはたいてい450グラムほどしかなく、生存の可能性は50%を下回る。命を保った子どもも、多くは肺疾患や脳性まひをはじめ、さまざまな重い障害が残る」。

科学技術の進歩によって、いままで助けることのできなかった命を助けることができるようになりました。すばらしいことです。高度な医療をだれもが受けられるわけではありませんが、以前は特別だった技術や薬が少しずつ普及して、いつしかだれもが当たり前のように享受できるようになることは多々あります。

ただ、喜ばしいとともに、人はどこまで生死をコントロールしていいのだろうか、とおもうのも事実です。手塚治虫氏のブラック・ジャックの恩師、本間丈太郎の言葉を思い出します。
人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね

この研究は、キアヌ・リーブスが主演した映画「マトリックス」のような、人を容器の中で育てるものではないという。外界で生きられる状態にまで一時的に育てるシステム、という位置づけらしい。

話は変わりますが、キアヌ・リーブス主演の映画「スウィート・ノベンバー」はいい作品です。その中のセリフに、こんな言葉があります(あやふやな記憶なので、細かな点が間違っていたら、ごめんなさい)。
Life will never be better , or sweeter than this.

陽光やわらかなサンフランシスコの坂道、ふっと、そして、そう、自分がしあわせであることに気づいた、キアヌ演じる主人公の言葉です。何気ない日常のしあわせにひたるとき、私はついこの言葉を口にします。

Life will never be better , or sweeter than this.

posted by kaihin-amc at 23:34| Comment(0) | いろいろなこと