2017年11月20日

想像しただけでおいしいもの

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朝晩は冷え込みますね。出勤前にコンビニに立ち寄り、あんまんを買うことがあります。ねっとりとしたこしあんがおいしい。考えただけで、口の中がしあわせのよだれで危ない状態になる。あんまん・・・冬のしあわせな一品です。

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2017年11月17日

「朝焼けコレクター」

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診察の受付が終わろうとするころ、状態の悪い動物が2頭、別々にやってきました。最近、診察件数そのものは落ち着いていますが、重い病気のペットたちは毎日のように来院します。

動物たちはなかなか病気のサインを出しません。「ちょっと様子がおかしいな」「病気なのかな」・・・そうした飼い主さんの気づきはとても大切です。少しでも心にひっかかることがあれば、連れてきてもらえればとおもいます。

冬は朝焼けが楽しみになります。デジタル一眼レフは重いのですが、朝の数枚の写真のために、バッグに入れて出勤することがあります。上は今日の一枚です。

地球はとても美しい惑星ですね。池澤夏樹さんの『きみが住む星』は12年前に買った本です。冒頭の「朝焼けコレクター」ほか、心に残る話がつまっています。

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2017年11月15日

生後1週のチワワさん

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Hさんが先週生まれたばかりのチワワ2頭を連れてきました(写真はHさん提供)。ふにゃふにゃして、まだ目も見えない段階ですが、健康状態は良好。順調に成長しています。

分娩予定日が近づいて、Hさんは不安と期待でいっぱいだったとおもいますが、母親のチワワのがんばりとHさんのサポートで、元気なチワワたちの姿をみることができました。本当にお疲れ様でした。

赤ちゃんはかわいいですね。未来と可能性がいっぱいつまっています。1日1日どころか、1時間ごとに成長しているのでしょう。次に会うとき、どれだけ成長しているのか、みるのが楽しみです。
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2017年11月14日

世界を彩る言葉

いまおもえば、なかなかに無邪気だったなあとおもうことは、若いころに訳も分からずに詩集を読んでいた時期があったということで、書店にいけば、かならず詩集コーナーに立ち寄っていた時期がありました。「無邪気だった」というのは、詩に夢中になっていたからではない。「訳も分からずに」という部分で、リルケなどの翻訳詩をひたすらわかったふうな顔をして読んでいたからです。

言葉というのは、その背後にある文化や価値観、歴史を知らないと、その真意や微妙なトーン、奥深い意味を理解できないことがあって、詩の翻訳というのは非常にむずかしい仕事だとおもいます。そうしたむずかしさもわからず、詩集に並ぶ言葉を表面的に追っていた自分がほほえましい気もします。

私は人と話すのは苦手でも得意でもありませんが、言葉というものには強い関心を持っています。白川静さんの『常用字解』吉岡幸雄さんの『日本の色辞典』など、ちょっとこだわって本を集めていたこともあります。

だから、日本経済新聞社11月12日付朝刊が、ある言語では一つの単語になってはいるが、それを別の言語に翻訳するときには、長い説明文をつけないと意味合いが伝わらない言葉を紹介しているのをみて、ワクワクしました。

私たちが使う「木漏れ日」は、他言語にはない単語らしい。スウェーデン語の mangata(PC上で正確な表記ができないので、一部不正確です。モーンガータ)は「湖や海に映る月の光」、ベネチア方言のfreschin(フレスキン)は「干潮時の運河からたちのぼる独特の匂い」、アラビア語の khuluj(フルージュ)は「死んでしまった子どもを思慕する雌ラクダ、またはそれにより乳の量が減っていく状態にある雌ラクダ」・・・こんなふうにたった数語を知るだけでも、私が知っていた世界はごくごく一部で、世界の豊かさに気付かされます。人間の営みの深さに、感動します。言葉を知っただけで、なんだか旅をした気にすらなります。
世界は言葉であふれている。紙面を彩る言葉の数々は、編集部が専門家にその言語独特の表現を尋ねて集めたもの、ドイツには、ホームシックの反対語で、遠方への憧れを示す「Fernweh(フェールンヴェー)」という言葉がある。「ドイツは冬が長くて暗い。遠く、温かい場所に行きたいけれどなかなか行けない。そんなときの気持ち」と日本に暮らすドイツ人は話す。
風景や生き方、そして愛情・・・。言葉は地域や時代、民族によって姿を変えながら、文化の結晶として世界に現れては消えていく。異なる文化を背景にした言葉と言葉の間には、ちょっとした意味のスキマが生じる。

紹介されていた言葉で、私の心をひいたのは、イヌイト語のものです。
nagligivagit(ナグリギヴァギト) いつもそばにいて、あなたを守りたい、という気持ち。I love you と訳されることが多いが、大人の自立を重んじるイヌイト社会では子どもに対してだけ使われる独特の愛情。
ちなみに、イタリア語のgattara(ガッターラ)は「たくさんの猫と暮らす高齢の女性」だそうです。

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2017年11月13日

「水を見れば生物がわかる」 環境DNAの話

「水を見れば生物がわかる」という記事が、日本経済新聞11月12日付朝刊に出ていました。「海や川の1杯の水からどんな生物がいるのかを調べる技術が登場し、生物の生態調査に生かす試みが始まった。漂うDNAを手がかりにすれば種類を簡単に特定でき、おおまかな数も推測できる」という。

この川や海、森林にはどんないきものが、どれほどいるのだろう、それを調査するには「従来は、生物を目で確認する必要があり、数日かけて何も見つからないことも多い。時間と手間がかかる大変な調査だった」。また、本当はその地域に希少生物がいるとしても、その調査で発見できなければ、「ここには希少動物はいないから、森林を伐採して開発しても大丈夫」ということになるかもしれない。

そうした従来の限界を克服するのが、記事が取り上げている「環境DNA」というもので、たとえば水中には「魚や両生類、昆虫などの生物からはがれたうろこや体液、フンなどが漂っている。その中には、生き物の種類を示す決定的な証拠となるDNAが含まれる。こうした環境中に存在するDNAを環境DNAという」。

すごいですね。野生生物の調査にはあまり予算がまわらないことも多いようですから、こうした新技術が生態系の保全などに役立つことを期待します。
posted by kaihin-amc at 22:35| Comment(0) | いろいろなこと

2017年11月11日

病気になるといいこともある

夜は冷え込むようになりましたね。

昨日から少し体調を崩しています。仕事をする分には差し支えがありませんが、無理はしないように気をつけています。

健康が何よりですが、病気になるといいこともあります。それは病気で苦しんでいる動物のつらさの一部を実感できるからです。のどもとすぎれば、というように、健康なときにはどうしても病気の辛さを忘れます。自分が下痢になれば、ペットの下痢にもより同情的になります。

とはいえ、やはり健康第一。今日は早めに眠って、明日に備えようとおもいます。おやすみなさい。

posted by kaihin-amc at 22:38| Comment(0) | 動物病院

2017年11月09日

真新しい1日

緊急手術が入るかもしれないということで、水曜日の夜、子どもを寝かしつけてから、病院にむかいました。普段とは逆方向の移動に、心も体もそわそわしていた。

21時に到着したら、予想外に、病院にはまだ同僚たちがいました。遅い時間に、重症の動物がやってきたらしい。ICUで点滴治療を受けている動物をみる。K獣医師から検査結果と診断を聞いて、カルテに目を通す。気が抜けない日がつづきそうだ。

皆が帰って、点滴の音だけがする院内。

緊急手術が入ったら、O獣医師に連絡をして、2人で対応する段取りになっている。それで大丈夫だとおもってはいるが、看護師からは「夜中でも電話をしてもらえれば、私は来ますよ」という、本当にありがたい気遣いも受けている。今日も12時間、13時間勤務している看護師だが、それでも夜に馳せ参じるのは構わないという。

もちろん、副院長としては、スタッフに無理はさせたいとはおもわない。獣医療にかかわっているからなんでも自己犠牲的にやらなければならない、というのは、聞こえはいいが、いずれは無理がたたるだろう。疲労がたまれば、日中の業務に差し支えが出る。ストレスのせいで、笑顔が減るかもしれない。スタッフにも家庭があり、生活があり、大切な休日がある。私はそれを大切にしてあげたいとおもう。命を守ることを最優先にするのは当然だが、スタッフおのおのの1回しかない人生を大切にしてもらうのも、大切だ。ただ、いまはどうしてもスタッフの善意や熱意に頼っているのも事実。個々人に過度に依存しないシステムを作れればとおもうが(たとえば、夜間診療の体制確立)、なかなか簡単にはいかない。

しずかな院内でいろいろなことを考えながら、専門誌を読む。泊まりの日は意外と勉強が進む。自宅だとつい注意散漫になる。専門誌にあきたら、人の精神医学の本を読む。自分の仕事に直接関係がないので(簡単に読めるというわけではないが)ある意味では気楽に読める。零時を回ったので、疲れた夜には読むことの多い、シャーロック・ホームズの作品を読む。もう何十回と読んでいる。いわば眠る前の儀式みたいなものだ。

本をにぎったまま眠っていたらしい。夜2時にアラームが鳴る。点滴している動物を見回る。がんばっている。

緊急手術は入らず、術衣を着ることもなしに、朝を迎えた。休診日である木曜日の当番スタッフと少し話をして、8時半ごろ、病院をあとにする。風は強いが、朝日が気持ちいい。落ち葉がきらきらと輝いている。当直明けの朝はいつもおもうが、朝日がとてもきれいだ。世界が輝いている。こんなに美しい世界に生きていたんだ、と新鮮な目で世界をみることができる。

明日も休みだからね、といいながら、目覚めたら、お父さんがいなかった長男。ごめんな。自宅のドアを開ける。次男が大声を出しながら、走ってきた。長男が目を細めて、笑顔をみせる。頭をなでる。「ただいま、だいすきだよ」。真新しい1日がはじまった。



posted by kaihin-amc at 21:43| Comment(0) | 動物病院

2017年11月06日

「弱いオスほどよくしゃべる」? ワオキツネザルの場合

詳細はナショナルジオグラフィック日本版サイトをご覧いただければとおもいます。

ところで、ワオキツネザルは「5−27匹の母系集団を作って暮らしてる」そうで、「劣位のオスは、群れのメスたちに叩かれたり噛まれたりします」。劣位のオスはそのような事情から群れからすこし離れて暮らしますが「不寛容なメスに叩かれるか、捕食者に襲われるかという綱渡りの日々を送っている」。

ワオキツネザルとして生きることは、とても大変そうだ。もちろん、人間として生きることだって大変ですが。
posted by kaihin-amc at 22:35| Comment(0) | 日記

2017年11月04日

やさしい歌が人の心をいやすように、人の心を救うような診察ができるなら

昨夜は病院に泊まったので、1日あけての帰宅。家族3人はすやすやと寝入っている。長男の頭をなでる。それだけで疲れが消える。熱めのシャワーを浴びて、こわばった体をいたわってみる。

今井美樹さんの歌を少しだけ聞いたら、完全にリフレッシュ。宿直の寝不足も気にならない。明日から改めてばりばり働こうとおもう。

そうそう、この曲( ”Warm Words” )は結構気に入っていて、やさしい気持ちを取り戻したいときに聞いたりします。

音楽が人の気持ちを和らげたり、救ったり、そういうことは多々あるとおもいます。たったひとつの曲が人生の苦難を手助けすることもあるでしょう。一冊の本が人を絶望から救い出すこともあるとおもいます。飼い主さんの心をあたためるような、希望を持たせるような、そんな診察ができたら・・・と夢想します。





posted by kaihin-amc at 22:27| Comment(0) | 動物病院

2017年11月01日

「希望を処方する」

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飼い主さんに重い病気のことを伝えるとき、どんな言い方をすれば希望を持ってもらえるか、言葉や表現の仕方に悩みます。悪性腫瘍だったり、重度の腎機能低下症だったり、命の危険がある心臓の病気だったり、病気の種類はいろいろです。いろいろですが、愛するペットが重い病気にかかっていることはおなじです。

私たち獣医師の言い方ひとつで、場合によっては飼い主さんは希望を失い、治療の意欲までも失うこともありえます。

検査も治療も(簡単とはいいませんが)飼い主さんの心を守ることからすれば、それほどむずかしいことではないかもしれません。検査結果はこうでした、治療にはこんな方法があります、あと◯カ月生きられる可能性があります・・・事実を事実として伝えるだけなら、機械的にできる仕事です。

事実をただ伝えるだけよりむずかしいのは、飼い主さんの心を気遣うことです。非常にきびしい状況であっても、飼い主さんに希望を持ってもらうことです。希望がないところに、治療はありません。

精神科医の中井久夫先生の言葉のなかに、「希望を処方する」というものがあるそうです。中井先生はある著書の中で、祈りながら薬を処方する、と書いていました。

毎日のように、重い病気の動物たちがやってきます。それぞれの飼い主さんに必要な言葉を選びながら説明しているつもりでも、あわただしい診療の中で、必ずしもそれを100%実現できているとはいえません。帰り道、その日にあったことを振り返りながら、いつも、こう説明すればよかったな、飼い主さんの心を傷つけたかもしれない、そんなふうに反省することがたびたびあります。

海浜動物医療センターの獣医師は少しずつでも日々勉強をして、検査や治療の精度をあげていっています。それと同時に、やはり、飼い主さんの心に寄り添った診療を追求しなければならないとも感じています。

人間の医師で優れた方々は、診療技術だけがトップクラスなわけではないでしょう。患者さんを包み込むような優しさに満ちているのだとおもいます。遠い道のりですが、そのような獣医師を志したいと考えています。

検査や治療ばかりに専念せず、「希望を処方」することを忘れずにいたいとおもいます。

写真は今朝出勤時に撮った写真。東京・江戸川区、6:30ごろ、自宅そばにて。

posted by kaihin-amc at 23:24| Comment(0) | 動物病院