2016年06月30日

待ち時間

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お笑いタレント・ドランクドラゴンが「あつあつの鉄板で焼いたステーキを味わっている時間はあっという間に過ぎるが、自分があつあつの鉄板の上で焼かれる時間は長い」といったことを言っていました。

待ち時間を少しでも短縮できないか、お待たせしている飼い主さんの不満・不安を和らげられないか(自分の順番は飛ばされていないだろうか・・・)、そんなことをテーマに、病院スタッフみなで話し合いをしました。

病気のペットを連れている飼い主さんにとって、待っている時間は不安がいっぱいの長いものでしょう。ワクチン接種なら「注射を1本うってもらうだけだから、先にみてもらえないだろうか」とおもうかもしれません。そのあとに予定が詰まっている方なら、時計を気にしながらの待ち時間になるはずです。

私たちはさまざまなおもい・事情の飼い主さんの気持ちを汲み取り、できるだけ、不安・不満を少ないものにしたいと考えています。

私自身、インフルエンザにかかって街のクリニックを受診したとき(1)ひどい頭痛とけだるさで受付するのもつらいのに、一言も同情の言葉をかけてもらえなかった、(2)待ち時間は1時間ほどの予想だったが、3時間待った、(3)その間、クリニックのだれからも遅れていることの説明がなかった、(4)やっと呼ばれたときも同情の言葉も3時間かかったことの説明もなかった・・・という経験があります。

クリニックにはクリニックの事情があるでしょう。おなじように、動物病院にはお待たせしているだけの事情がありますが、それをきちんと説明しなければ、飼い主さんは不安と不満でいっぱいになるはずです。

お待たせしていることは、私たちスタッフにとって、とても心苦しいものです。受付や会計を処理しているパソコン画面には、待ち時間が長い飼い主さんの名前は、赤字で表示されます。

少しずつ、待ち時間対策を進めていきます。ご意見などございましたら、ぜひお声をお聞かせください。
posted by kaihin-amc at 09:49| Comment(4) | 動物病院

2016年06月29日

東京・青山のネコ

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10年以上前になるでしょうか、都内のあちこちにいる野良猫の写真を撮っていたことがあります。住んでいた西神田から飯田橋まで歩いて、夜、街灯のもとにいる猫を撮ったり、昼下がり、下町の猫を探したり。

そのころ、私は獣医学の知識など持ち合わせていませんでしたから、鼻水ずびずびの猫をみても、頭をなでてあげることしかできず、妙に人懐っこい猫たちにピントをあわせ、シャッターをきっていました。

私が足を向けることが多かったのは、青山、護国寺、飯田橋、神楽坂あたりです。猫が多いという理由もあって、護国寺に住んでいたこともあります。一時期、これまた猫が多い谷中の小さなアパートにいたこともあります。

青山は思い入れの強いエリアです。鼻水と目やにでグチャグチャの猫が集う公園。毎週のように訪れた時期がありました(そばには、美しい靴のベルルッティのショップがあります。ファッションの知識を持たなかった私が、人並みに外見に気を使おうと思い立って、最初にお金をかけたのが靴で、一大決心をして、ベルルッティの靴を買ったものでした。「靴にお金をかけなさい」というファッション評論家・落合正勝さんの言葉を信じての行動です)。

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写真は青山の猫たち。私の人生が忙しさをまして、この公園から遠ざかっていたときがありました。1年ぶりだったか、2年はたっていたか、ひさびさに再訪したら、猫は一頭もおらず、雑草がぼうぼうと生い茂っていました。

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時が過ぎるのではない、人が過ぎるのだ、といった人がいました。そう、人も猫も過ぎました。

時間ができたら、また、あちこちの猫たちに会いたいとおもいます。
posted by kaihin-amc at 00:44| Comment(0) | 旅先にて

2016年06月26日

一瞬という奇跡を撮る ひさびさにペットと家族の写真を撮ってみる

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同僚のIさんが、デジタル一眼レフカメラを買ったという。うれしいですね、写真の世界に一歩踏み出すなんて。

これから少しずつ技術的なことを学びはじめるのでしょうか。それからレンズのことに興味を持ったり、著名な写真集を手にとるようになったり、フォトジェニックな風景を撮るために遠出をしたり、あるいは身近な人にレンズを向けて、その人の魅力を再発見したり。私の場合、普段歩いている道の草花の美しさに気づけるようになり、一日の光の強弱に敏感になったり、普段、当たり前だとおもっていたものやことが新鮮に思えるようになりました。

そう、写真を撮るということは、世界の美しさを改めて知るチャンスでもあります。

いま、目の前の一瞬、あなたがシャッターを押さなければ、その一瞬は永遠に記録に残らない。宇宙が何百億年存在していたとしても、あなたがシャッターを押さなければ、もう誰も、二度とその瞬間を知ることはない。その意味で、カメラはいまを残す奇跡みたいな道具です。

少し前、写真はフィルムでしか撮れませんでした。フィルム代・現像代は馬鹿にならなかった。ある写真家は「いまという奇跡が残せるなら、フィルム代なんて安いもの」といった趣旨のことを書いていました。

ところで、ペットの写真を上手に撮りたいなあ、と願いつつも、なかなかむずかしい。自宅だと明るさの制限からシャッタースピードがどうしてもおそいので、きれいな写真がとれない。でも、どんな写真であっても、毎日最低1枚撮ってみると、1年、2年、3年・・・と続けるうちに、量そのものがひとつの作品となって、ペットの一生そのものを切るとることになって、かけがえのないものになっていきます。

毎日が大変なら、1週間に1枚でもいいから、撮ってみるのもいいです。子犬・子猫のころは1日に何十枚も撮る人でも、1歳、2歳と年を重ねると、そのペットがいることが当たり前になって、写真を撮ることも忘れる。言い換えれば、あなたがペットの写真を撮らないということは、ペットが当たり前だと思っているということ。

そして、それは身近な家族についても言えるのではないでしょうか。

私には3歳の長男、3カ月の次男がいます。長男が生まれたとき、1日1枚は写真に残そうとおもいました。帰宅が遅い日もあるので、100%とはいきませんが、なかなかの達成率で写真を撮っています。少し前、撮影枚数を確認したら、2万枚以上になっていました。下手な写真が目立ちますが、成長ぶりがとてもわかって、面白い。

ひさしぶりにペットと家族の写真を撮ってみてはいかがでしょう?
posted by kaihin-amc at 00:45| Comment(4) | 動物病院