2018年04月30日

ミミヒゼンダニにも存在理由がある

きょうの一枚は、ミミヒゼンダニという寄生虫の写真です。虫が嫌いな方は「続きを読む」をクリックしないで下さいね(不思議な形をしていますから、できればご覧いただければとおもいます)。

この寄生虫が生きる場所は「猫の耳の中」。猫にとっては迷惑な相手ですが、ミミヒゼンダニにとってはそこだけが生きる世界。耳垢に埋もれて生きて、そこで繁殖をするミミヒゼンダニの世界観というものは、どのようなものでしょう。

自分たちが「宇宙に浮かぶ地球というところ、そこの日本という国の千葉県千葉市で生きている日本猫の耳の中」にいるなんてこと、きっとわからないでしょう。でも、わからないから、下等な生きものということではない。わからないから無意味に殺していいというわけでもない。

それでも、猫にとって不快なミミヒゼンダニを、私たち獣医師は駆虫しなければなりません。駆虫するとき、私はミミヒゼンダニを憎いとおもっているわけではありません。彼らには彼らの生きる理由があるはずです。ただ、それが私たち人間にはわからない。わかっていないのは、私たち人間のほうかもしれません。
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posted by kaihin-amc at 22:45| Comment(0) | きょうの一枚

2018年04月28日

病気を克服した動物たちに感謝します

「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則さんが、こんなことをおっしゃっていました。

「それまではリンゴは自分の部下で、上から目線でリンゴのことをみていた。リンゴが全然実をつけず、私たち家族が貧乏になった。貧乏になって、自分がリンゴのおかげで生きてこられたことに気づいた。土下座をしてリンゴに実をつけてほしいとお願いをした」。

そんな趣旨のお話でした。

どのような仕事もそうなのかもしれません。

どんなに立派で高度な獣医療であっても、動物自身に回復する力がなければ、役にたちません。折れた骨同士を架橋するプレードをつけたとしても、それは仮止めに過ぎず、血液が栄養を供給して、骨を修復する動きが出てこなければ、骨はつながらない。膵炎で吐きつづけている動物に点滴や注射をしても、それは動物が膵炎を克服するまでの補助的なものでしかありません。

「治療のおかげで治りました」という飼い主のみなさんからのお言葉は、とてもうれしいものです。そのために私たちは治療にあたっています。

でも、私たちこそ、がんばった動物たちに感謝をしたいとおもっています。むずかしい手術や内科的治療で元気を取り戻したペットたち。そのペットたちを飼い主さんのもとにお連れするとき、よかったなあとおもいます。それと同時に、その動物が回復する力を持っていたことの幸運というか、動物の奮闘というか、そのようなものをありがたいともおもいます。

驕りたかぶるほどの優秀な頭脳は残念ながら持ち合わせていませんが、これからも、謙虚な気持ちで診療にあたっていければと考えています。

ゴールデンウイーク中も通常診療しています。なにかあれば、いつでもご来院・ご相談下さい。
posted by kaihin-amc at 23:23| Comment(0) | 動物病院

2018年04月27日

木曜日の出来事(私の平凡で大切な1日)

木曜日はあっという間の1日でした。以下は極めて個人的な今日の出来事です。平凡ですが、大切な1日でした。

今日は3回、自転車で幼稚園を往復しました(1回目:長男に持たせわすれた体操着を届ける。2回目:次男のプレ幼稚園に参加する。3回目:長男を迎えに)。風が強かったものの、あたたかな日の光で体の細胞が生き返るようでした。

今朝は7時に起床。もっと寝ていたかったが、ずっと前から起きている子どもたちが騒がしい。8時半ごろに妻と長男が幼稚園に出発。

次男といっしょに、妻の実家まで散歩をする。帰宅した妻が、長男の体操着を忘れたので届けるか迷っている。もともと畑の買いものがあったので、私が届けることに。

体操着を届けたのは10時10分ごろ。

その足でホームセンターにいって、野菜の苗(キュウリ・トマト)、種(キュウリ・エダマメ・トウモロコシ)、根ショウガを購入。12時に帰宅して急いで昼食をとる。

12時30分にプレ幼稚園に向かい、14時20分ごろ帰宅。

14時45分に再び幼稚園に出発。長男を迎えるが、自転車での移動中、おもちゃの部品を落としたらしい。後部座席で寝てしまった長男を乗せて、もときた道を引き返しながら、小さな部品を探す。そんなことをしていたら、帰宅できたのは17時ごろ。休みの日は私が料理を作る当番(当番、というよりも、私が作りたいと妻にお願いしている)。親子丼を作る(「おいしいからおかわり」と長男が言ってくれた)


長男をお風呂にいれて、寝かしつけようとしたら、自分も寝入るはめに。22時すぎに目覚める。シャワーを浴びて、おそい夕食をとる(子どもたちだけが食事を済ませていました)。

お腹が落ち着いたところで、幼稚園のお誕生日会の報告書を作りはじめる(妻からの依頼)。

やっと自由時間。気がつけば、0時を回っている。

少なからぬ人たちがそうだとおもいますが、時間というのはままならぬものですね。それでも、子どもたちが健やかに育っていること、それを少しでも手伝えたこと、それだけで今日1日の意味があるというものです。

明日、私畠はお休みをいただいております。ご迷惑をおかけします。
posted by kaihin-amc at 01:04| Comment(0) | 日記