2017年11月14日

世界を彩る言葉

いまおもえば、なかなかに無邪気だったなあとおもうことは、若いころに訳も分からずに詩集を読んでいた時期があったということで、書店にいけば、かならず詩集コーナーに立ち寄っていた時期がありました。「無邪気だった」というのは、詩に夢中になっていたからではない。「訳も分からずに」という部分で、リルケなどの翻訳詩をひたすらわかったふうな顔をして読んでいたからです。

言葉というのは、その背後にある文化や価値観、歴史を知らないと、その真意や微妙なトーン、奥深い意味を理解できないことがあって、詩の翻訳というのは非常にむずかしい仕事だとおもいます。そうしたむずかしさもわからず、詩集に並ぶ言葉を表面的に追っていた自分がほほえましい気もします。

私は人と話すのは苦手でも得意でもありませんが、言葉というものには強い関心を持っています。白川静さんの『常用字解』吉岡幸雄さんの『日本の色辞典』など、ちょっとこだわって本を集めていたこともあります。

だから、日本経済新聞社11月12日付朝刊が、ある言語では一つの単語になってはいるが、それを別の言語に翻訳するときには、長い説明文をつけないと意味合いが伝わらない言葉を紹介しているのをみて、ワクワクしました。

私たちが使う「木漏れ日」は、他言語にはない単語らしい。スウェーデン語の mangata(PC上で正確な表記ができないので、一部不正確です。モーンガータ)は「湖や海に映る月の光」、ベネチア方言のfreschin(フレスキン)は「干潮時の運河からたちのぼる独特の匂い」、アラビア語の khuluj(フルージュ)は「死んでしまった子どもを思慕する雌ラクダ、またはそれにより乳の量が減っていく状態にある雌ラクダ」・・・こんなふうにたった数語を知るだけでも、私が知っていた世界はごくごく一部で、世界の豊かさに気付かされます。人間の営みの深さに、感動します。言葉を知っただけで、なんだか旅をした気にすらなります。
世界は言葉であふれている。紙面を彩る言葉の数々は、編集部が専門家にその言語独特の表現を尋ねて集めたもの、ドイツには、ホームシックの反対語で、遠方への憧れを示す「Fernweh(フェールンヴェー)」という言葉がある。「ドイツは冬が長くて暗い。遠く、温かい場所に行きたいけれどなかなか行けない。そんなときの気持ち」と日本に暮らすドイツ人は話す。
風景や生き方、そして愛情・・・。言葉は地域や時代、民族によって姿を変えながら、文化の結晶として世界に現れては消えていく。異なる文化を背景にした言葉と言葉の間には、ちょっとした意味のスキマが生じる。

紹介されていた言葉で、私の心をひいたのは、イヌイト語のものです。
nagligivagit(ナグリギヴァギト) いつもそばにいて、あなたを守りたい、という気持ち。I love you と訳されることが多いが、大人の自立を重んじるイヌイト社会では子どもに対してだけ使われる独特の愛情。
ちなみに、イタリア語のgattara(ガッターラ)は「たくさんの猫と暮らす高齢の女性」だそうです。

posted by kaihin-amc at 23:02| Comment(0) | いろいろなこと
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