2017年06月01日

ありがとうございます

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今日は個人的なことを冒頭に書きます。ご了承下さい。

先日、病院での全体会議を終え、渇いたのどをコーラで潤そうと立ち上がろうとしたら、看護師からサプライズの誕生日カード+コーラのプレゼント!

42歳。節目の年でもない。別にいつもと変わらぬ誕生日なのに、気づかぬうちに、こんなメッセージカードを用意してくれていたなんて・・・。

「いつもありがとうございます」。

お礼を言いたいのは、僕のほうです。あわただしい日々の中で、僕が仕事をできているのは、大勢のスタッフたちのおかげです。肩書きは副院長だけれど、ひとりでは何もできない。

こんなふうに、サプライズで祝ってもらえたのがはじめてで、そのときには上手にお礼を言えなかった。とても、とても感謝しています。

これからも手を抜かず、一生懸命に働きたいとおもう。

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一般のイメージはどのようなものかわかりませんが、動物病院の仕事というのは、給料という点だけみれば、専門的知識・技術、時間的拘束、精神的負担に見合ったものではありません。

新人の頃は手取りが20万円もなかったので、奨学金の返済(私立の獣医大学の学費は1000万円以上)やら家賃を払うと、ほとんど手元にお金は残らなかった。ほしい本が買えないので、大学の図書館でコピーしたり、図書館に1日入り浸ったりして、どうにかこうにか、つじつまをあわせていた。銀行の預金残高が1000円を切ったこともあって、公共料金はいつも遅れて支払っていました。まあ、それはそれで、スリリングで今となってはいい思い出です。

見合ったものではありませんが、では一体全体、何で働きつづけているかといえば、枯れることのないやりがいがあるからです。

飼い主や動物のために、持てる知識や技術を使って、治療・看護する。もちろん、力不足で期待にそえないこともある。お叱りの言葉を頂戴することもあります。それでも、苦しんでいた動物たちがしっぽをふって元気になる、それはとてもうれしい。なによりも、目の前の飼い主さんから感謝の言葉をもらえることは、この職業の本当にありがたい部分です。

ひとはだれでも、だれかの役に立ちたいと願っているとおもう。仕事というのは、貢献なのだとおもう。むしろ、仕事をさせてくれて、ありがとうございます、というのが究極的なところなのかもしれない。

そして、おなじようにおおきなやりがいが、ともに働いている同僚の役にたつことです。ともに成長していけたら、なお、うれしい。

毎日、仕事を無事に終えて思うのは、今日もみんなに助けてもらったなあ、ということです。

だから、サプライズのカードは、本当にうれしかったです。上手にいえませんが、お礼を言いたい相手から、お礼を言ってもらえた驚きとかうれしさとか、ありがたさとか、そんなきもちでいっぱいになりました。

飼い主さんとそのペットたち、そしてともに働いている仲間たちのために、よりよい動物病院を目指して、より一層、がんばりたいとおもっています。

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妻に「誕生日プレゼントに、なにか買ってもいいんじゃない?」と言われて、「実は事後報告なんだけど、獣医学の雑誌の定期購読を申し込んじゃったんだ。3万円ちょっと。いいかな」。いいもなにも、事後報告なので、OKするしかないですね。積ん読にならないようにします。

posted by kaihin-amc at 10:55| Comment(0) | いろいろなこと

2017年05月23日

気になった新聞記事

米ニューヨークタイムズのサイトで、気になった記事を紹介します。それほど長い文章ではないのですが、まだどの記事も最後まで読んでいません。疲れている頭でざっと理解できるほどには英語の読解力がないので・・・。

最初の記事は、In ‘Enormous Success,’ Scientists Tie 52 Genes to Human Intelligence です。人間の知性とかかわりのある52の遺伝子を発見した(正確な訳は、52の遺伝子と人間の知性をむすびつけた、でしょうか)というものです。知性を決定づけるような遺伝子ではないようで、きわめて限定的なものらしいですが、人間の知性という深遠なテーマを解明するうえで、重要な第一歩というところでしょうか。

次はテントウムシの羽が origami を利用している、という記事。Ladybugs Pack Wings and Engineering Secrets in Tidy Origami Packages です。動画があるので、ぜひ。

猫の甲状腺機能亢進症は、私たちが日常的に診察する病気です。ひと昔前にはほとんど見かけなかったのに、いまでは当たり前になっているのはなぜか? 生活で接する化学物質に責任があるかもしれない、という記事をみかけました。The Mystery of the Wasting House-Cats です。

最後に、What Animals Taught Me About Being Human (人間であることについて、動物たちが私に教えてくれたこと)。なかなか深そうなタイトルですね。

ほかにも面白そうな記事がいっぱいあります。毎日一つでも読んでいけば、世界をよりゆたかにみられそうです。眠気に負けずに、読んでみようかなあ、とちょっとだけかんがえています。


posted by kaihin-amc at 21:23| Comment(0) | いろいろなこと

2017年05月15日

「人工子宮をヒツジで開発」

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ナショナルジオグラフィック日本版に「人工子宮をヒツジで開発、ヒトに使える?」と題する記事がありました。
早産児の治療を大きく前進させそうな成果がもたらされた。米国の研究チームは25日、ヒツジの胎児8匹が人工子宮内で4週間生存し、発育したと科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した。同種の研究で動物が生きた期間としては最も長い。
 報告によると、子ヒツジの肺やその他の内臓は母親の子宮の中と同じように発達し、早産児を生かすために現在使われている保育器と人工呼吸器を使った場合と比べると、大幅に改善したという。研究に使われた子ヒツジのうち数頭が成長し、1頭はすでに1歳を過ぎている。

こうした研究には「(人の)超早産児の健康な発育」につなげる目的があるそうです。「人の平均的な妊娠期間は40週。だが、米国では毎年約3万人の赤ちゃんが26週未満で生まれる。生きられるかどうかの境界線にあと少しで届きそうな22〜23週の赤ちゃんはたいてい450グラムほどしかなく、生存の可能性は50%を下回る。命を保った子どもも、多くは肺疾患や脳性まひをはじめ、さまざまな重い障害が残る」。

科学技術の進歩によって、いままで助けることのできなかった命を助けることができるようになりました。すばらしいことです。高度な医療をだれもが受けられるわけではありませんが、以前は特別だった技術や薬が少しずつ普及して、いつしかだれもが当たり前のように享受できるようになることは多々あります。

ただ、喜ばしいとともに、人はどこまで生死をコントロールしていいのだろうか、とおもうのも事実です。手塚治虫氏のブラック・ジャックの恩師、本間丈太郎の言葉を思い出します。
人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね

この研究は、キアヌ・リーブスが主演した映画「マトリックス」のような、人を容器の中で育てるものではないという。外界で生きられる状態にまで一時的に育てるシステム、という位置づけらしい。

話は変わりますが、キアヌ・リーブス主演の映画「スウィート・ノベンバー」はいい作品です。その中のセリフに、こんな言葉があります(あやふやな記憶なので、細かな点が間違っていたら、ごめんなさい)。
Life will never be better , or sweeter than this.

陽光やわらかなサンフランシスコの坂道、ふっと、そして、そう、自分がしあわせであることに気づいた、キアヌ演じる主人公の言葉です。何気ない日常のしあわせにひたるとき、私はついこの言葉を口にします。

Life will never be better , or sweeter than this.

posted by kaihin-amc at 23:34| Comment(0) | いろいろなこと