2017年12月10日

聞きづらい声でご迷惑をおかけしております。

k20171210a.jpg

風邪をひきました。声がほとんど出ないので、飼い主のみなさんにはずいぶんとご迷惑をおかけしております。診療はきちんとできるのですが、声がかなり聞き取りづらいとおもいます。申し訳ありません。

回復傾向にはありますので、もう少しだけご辛抱願えましたら幸いです。

posted by kaihin-amc at 23:06| Comment(0) | いろいろなこと

2017年12月05日

クリスマスケーキを予約していない

k20171205.jpg

先日、ある飼い主さんがクリスマスケーキの予約をしたとおっしゃっていて、そんな時期なのかあ、といまさらながらにおもいました。妻の誕生日でも何かのイベントでも、私は周到に準備して当日に臨むということを、ほとんどしない。そして、毎回のように反省をする。今年のクリスマスケーキも似た状況になっている。

妻に今日、クリスマスケーキの話をした。どうにかしようということになった。どうにか、というところがいい。私と妻の性格は正反対の部分が多いが、いい意味でもわるい意味でも、「いい加減」なところがあって、なにごとにものんびり構える傾向がある。だから、平和に共同生活を送れているのだろうとおもう。

今回も写真は朝のもの。

posted by kaihin-amc at 21:17| Comment(0) | いろいろなこと

2017年11月30日

日常の美しさを見逃していることについての反省みたいなもの

k20171127c.jpg

美しい朝焼けをみられる日が多い。

街の木々が紅葉に染まって、いつの間にか、カレンダーも11月の終わりを告げようとしている。今年は日にちの歩みがはやい。気持ちがついていかないせいか、いつもならその美しさに心を躍らせる紅葉をみても、なぜだか心が素直に受け止めない。理由はわからない。

それよりも、朝焼けが心に沁みる。

朝焼けをみておもうのは、もし旅先でこの朝焼けをみたら、もっと感動するのだろうなあということ。私は東京に住んでいますが、住み慣れた街で見かける風景が真に美しかったとしても、その美しさを見逃しているという、あるいは過小評価しているというか、そういうことがあるのではないかということ。川が光をうけてキラキラ輝いていて、それは近所の川だとしても、ヨーロッパのどこかの川がきらめいているのとおなじ美しさを持っているかもしれない。そうだとしたら、私はかなりもったいないことをしているのだろう。先入観のようなもので、日常を眺めすぎているせいで、あちこちにある宝石のような風景を見落としているかもしれない。

k20171127d.jpg

足元の小さな石ひとつだって、宇宙にはひとつしか存在しない。その石を人間が作り出すこともできない。生まれてはじめて、石をみた日のことは誰も覚えてはいない。でも、はじめてみるように、ものをみたら、きっと震えるほどに美しいものにみえるにちがいないとおもう。

posted by kaihin-amc at 22:37| Comment(0) | いろいろなこと

2017年11月27日

飼い主さんからお手紙をいただいて

k20171127a.jpg

飼い主さんからお手紙をいただきました。治療のおかげでペットが元気になったこと、不安な気持ちを抱きながらの来院だったけれど、スタッフにあたたかな言葉をかけてもらったこと・・・そんなことに対するお礼でした。お母様からのお手紙とともに、まだ小さなお嬢さんからの手紙も入っていて、診察でときに心が張り詰めている私たちスタッフの心をなごやかにしました。

その診察ではたいしたことはしていません。時間にすれば10分か15分ほどでしょうか。それでも、こんなふうに感謝していただけることをありがたいとおもいます。自分を卑下するわけでもなく、こんな自分の仕事でも、こうしてこのご家族のしあわせに役立てたことをうれしくおもっています。それと同時に、飼い主さんの心に寄り添うことのむずかしさ・大切さを考えました。それはこういうことです。

今回のように、ささやかな診療で、予想以上に感謝していただけることもある一方で、診断や治療に全力を注いで、命を助けたとしても、それほど飼い主さんが(こちらが勝手に期待しているほどには)喜ばないこともある。折れた爪の治療をしただけで大喜びする方もいれば、肺水腫という致命的な状態からペットを助けても、その後の継続治療にいらっしゃらず、再びペットを命の危険にさらす飼い主さんもいる。この温度差は何だろう。

それは、私たち動物病院のスタッフが、飼い主さんの本当の気持ち、本当に望んでいることを理解していないのでしょう。「飼い主さんの心に寄り添った診療」、それが私たちが目指すものですが、まだそこにはいたっていないことが多々ある。たとえば、「命は助けました、100万円かかりました」なんていわれたら、一般の飼い主さんは困るでしょう。「こんなにいっぱいの病気があることを発見しました」・・・診断ばかりが大切とはかぎらないかもしれません。

飼い主さんの心にも動物の苦しみにも寄り添う診療、少しずつでもその目標に近づけるよう、努力していきます。

posted by kaihin-amc at 23:05| Comment(0) | 動物病院

2017年11月24日

眼が開きました:チワワさん

1511531352191.jpg

先日生まれたチワワの飼い主さんから、2頭が順調に育っているとのご連絡をいただきました。写真はうち1頭の眼が開いた様子。かわいいですね(少し写真に手をいれてみました)。
posted by kaihin-amc at 23:06| Comment(0) | 動物病院

2017年11月20日

想像しただけでおいしいもの

k20171120.jpg

朝晩は冷え込みますね。出勤前にコンビニに立ち寄り、あんまんを買うことがあります。ねっとりとしたこしあんがおいしい。考えただけで、口の中がしあわせのよだれで危ない状態になる。あんまん・・・冬のしあわせな一品です。

posted by kaihin-amc at 22:53| Comment(0) | いろいろなこと

2017年11月17日

「朝焼けコレクター」

k20171117.jpg

診察の受付が終わろうとするころ、状態の悪い動物が2頭、別々にやってきました。最近、診察件数そのものは落ち着いていますが、重い病気のペットたちは毎日のように来院します。

動物たちはなかなか病気のサインを出しません。「ちょっと様子がおかしいな」「病気なのかな」・・・そうした飼い主さんの気づきはとても大切です。少しでも心にひっかかることがあれば、連れてきてもらえればとおもいます。

冬は朝焼けが楽しみになります。デジタル一眼レフは重いのですが、朝の数枚の写真のために、バッグに入れて出勤することがあります。上は今日の一枚です。

地球はとても美しい惑星ですね。池澤夏樹さんの『きみが住む星』は12年前に買った本です。冒頭の「朝焼けコレクター」ほか、心に残る話がつまっています。

posted by kaihin-amc at 23:34| Comment(0) | おすすめの本

2017年11月15日

生後1週のチワワさん

k20171115.jpg

Hさんが先週生まれたばかりのチワワ2頭を連れてきました(写真はHさん提供)。ふにゃふにゃして、まだ目も見えない段階ですが、健康状態は良好。順調に成長しています。

分娩予定日が近づいて、Hさんは不安と期待でいっぱいだったとおもいますが、母親のチワワのがんばりとHさんのサポートで、元気なチワワたちの姿をみることができました。本当にお疲れ様でした。

赤ちゃんはかわいいですね。未来と可能性がいっぱいつまっています。1日1日どころか、1時間ごとに成長しているのでしょう。次に会うとき、どれだけ成長しているのか、みるのが楽しみです。
posted by kaihin-amc at 22:45| Comment(0) | 動物病院

2017年11月14日

世界を彩る言葉

いまおもえば、なかなかに無邪気だったなあとおもうことは、若いころに訳も分からずに詩集を読んでいた時期があったということで、書店にいけば、かならず詩集コーナーに立ち寄っていた時期がありました。「無邪気だった」というのは、詩に夢中になっていたからではない。「訳も分からずに」という部分で、リルケなどの翻訳詩をひたすらわかったふうな顔をして読んでいたからです。

言葉というのは、その背後にある文化や価値観、歴史を知らないと、その真意や微妙なトーン、奥深い意味を理解できないことがあって、詩の翻訳というのは非常にむずかしい仕事だとおもいます。そうしたむずかしさもわからず、詩集に並ぶ言葉を表面的に追っていた自分がほほえましい気もします。

私は人と話すのは苦手でも得意でもありませんが、言葉というものには強い関心を持っています。白川静さんの『常用字解』吉岡幸雄さんの『日本の色辞典』など、ちょっとこだわって本を集めていたこともあります。

だから、日本経済新聞社11月12日付朝刊が、ある言語では一つの単語になってはいるが、それを別の言語に翻訳するときには、長い説明文をつけないと意味合いが伝わらない言葉を紹介しているのをみて、ワクワクしました。

私たちが使う「木漏れ日」は、他言語にはない単語らしい。スウェーデン語の mangata(PC上で正確な表記ができないので、一部不正確です。モーンガータ)は「湖や海に映る月の光」、ベネチア方言のfreschin(フレスキン)は「干潮時の運河からたちのぼる独特の匂い」、アラビア語の khuluj(フルージュ)は「死んでしまった子どもを思慕する雌ラクダ、またはそれにより乳の量が減っていく状態にある雌ラクダ」・・・こんなふうにたった数語を知るだけでも、私が知っていた世界はごくごく一部で、世界の豊かさに気付かされます。人間の営みの深さに、感動します。言葉を知っただけで、なんだか旅をした気にすらなります。
世界は言葉であふれている。紙面を彩る言葉の数々は、編集部が専門家にその言語独特の表現を尋ねて集めたもの、ドイツには、ホームシックの反対語で、遠方への憧れを示す「Fernweh(フェールンヴェー)」という言葉がある。「ドイツは冬が長くて暗い。遠く、温かい場所に行きたいけれどなかなか行けない。そんなときの気持ち」と日本に暮らすドイツ人は話す。
風景や生き方、そして愛情・・・。言葉は地域や時代、民族によって姿を変えながら、文化の結晶として世界に現れては消えていく。異なる文化を背景にした言葉と言葉の間には、ちょっとした意味のスキマが生じる。

紹介されていた言葉で、私の心をひいたのは、イヌイト語のものです。
nagligivagit(ナグリギヴァギト) いつもそばにいて、あなたを守りたい、という気持ち。I love you と訳されることが多いが、大人の自立を重んじるイヌイト社会では子どもに対してだけ使われる独特の愛情。
ちなみに、イタリア語のgattara(ガッターラ)は「たくさんの猫と暮らす高齢の女性」だそうです。

posted by kaihin-amc at 23:02| Comment(0) | いろいろなこと

2017年11月13日

「水を見れば生物がわかる」 環境DNAの話

「水を見れば生物がわかる」という記事が、日本経済新聞11月12日付朝刊に出ていました。「海や川の1杯の水からどんな生物がいるのかを調べる技術が登場し、生物の生態調査に生かす試みが始まった。漂うDNAを手がかりにすれば種類を簡単に特定でき、おおまかな数も推測できる」という。

この川や海、森林にはどんないきものが、どれほどいるのだろう、それを調査するには「従来は、生物を目で確認する必要があり、数日かけて何も見つからないことも多い。時間と手間がかかる大変な調査だった」。また、本当はその地域に希少生物がいるとしても、その調査で発見できなければ、「ここには希少動物はいないから、森林を伐採して開発しても大丈夫」ということになるかもしれない。

そうした従来の限界を克服するのが、記事が取り上げている「環境DNA」というもので、たとえば水中には「魚や両生類、昆虫などの生物からはがれたうろこや体液、フンなどが漂っている。その中には、生き物の種類を示す決定的な証拠となるDNAが含まれる。こうした環境中に存在するDNAを環境DNAという」。

すごいですね。野生生物の調査にはあまり予算がまわらないことも多いようですから、こうした新技術が生態系の保全などに役立つことを期待します。
posted by kaihin-amc at 22:35| Comment(0) | いろいろなこと